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平成16年5月20日、私の最も尊敬する親父は逝ってしまいました。
5月15日―改装した店内を父が見に来てくれました。
タクシーから降りた父は苦しそうでしたが、しばらく店のイスに座り店内を見回していました。
うなずくように納得したように、それからおもむろにベットに横になると、ジッと天井を見つめていました。
「お父さん、この商売は本当に大変だね。1日も気が抜けない。」
そういうと父は大きく無言でうなずき、
「ちづる、これからは全てお前に任せる。お前の好きなようにやれ。」
遠くを見つめる目が、色々な事を私に語っていました。
この日が、私が父に会った最期の日となりました。
5月20日―親父ごめんね。
東京からお客様がいらしていて、私は父の死を看取る事ができませんでした。
皆がお葬式の準備に自宅に向かった後、初めて親父と二人になった。
頭から足まで、両手で順々になでた。頭、・顔・胴・足、どんどん冷たくなる。
肩だけが暖かかった。何度も何度も頭と顔をなでた。昔、小さい頃、私に親父がしてくれたようにね。
「お父さん、ありがとうね。」
合掌した手をなでながら、
「この手で、一生懸命コインを磨いて、私達を育ててくれて。」
でも親父言ってたろ。
「お前もこの商売をするなら、親の死に目に会えるような商売はするな!」
って。本当にその通りにしたよ。
お葬式の段取りを決めた後、棺に入れてあげるものを探しに、一人で店の中に入った。
親父達諸先輩が作った『日本貨幣商協同組合』のカタログ。やっぱり穴銭の基本は「和銅開寳」かな…でもこれは高いから、親父に怒られそうだし。そうそう、一文銭を6枚。
三途の川が渡れるようにね。西陣織の小袋に入れよう。中国銭が好きだったから、尖首刀を奮発するか…
天国でコインが見れないといけないから、愛用のルーペ。
色々探しているうちに、親父の一枚一枚丁寧に書いてあるコインの文字が目に入った。
決して値段は高くない。
¥300、¥500
でも、番号がふってあり、説明が入っていた。思わず初めて号泣した。
「あー、お父さん死んじゃった…」
何度も何度もそう言いながら泣いた。それはただ悲しいという感情だけでなかった。
これだけコインを愛し、それに一生捧げた一人の人間への感動でもあった。
まだコイン商として生きていて欲しかった。教えてもらいたい事がいっぱいあった。
親父、考えてみると、親父はお客様に説明するように、私には何一つ教えてくれなかったね。
いつも親父の側でジッと聞いているだけだった。初めて一人で「旧一圓銀貨」を買取した時、
後でひどく怒られた。
「なんでこれが贋物だとわからないんだ。コイン商が近代銭がわからずどうする!
…まー、俺も最初は随分と贋物をつかまされたけどね。」
でも、どこが贋物なのか詳しい説明はしてくれない。
そして4年前、親父が3ヶ月入院して、初めてSOGO店と井土ヶ谷店を一人で切り回した時にその理由がわかった。更に、親父が亡くなり一人になった時、それが明確になった。
(Vol.9後半へ続く)
平成16年8月7日
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名前: |
ちづる |
生年月日: |
年齢不祥(ということにしておいて) |
趣味: |
パチ○○(大きな声じゃ言えないが) |
好きな食べ物: |
お寿司・ライチ(楊貴妃が好んで食べたから) |
好きな時間: |
仕事が終わってビールを飲む時 |
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