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わが里に大雪降れり大原のふりにし里に降らまくは後
(万葉集 巻2・103) 天武天皇
わが岡の竜神に言ひて降らしめし雪のくだけしそこに散りけむ
(万葉集 巻2・104) 藤原夫人
今日は横浜でも初雪が降りました。
新年明けましておめでとうございます。
年頭にあたって「今年一年の抱負は?」と問われたら、私は真先に「お金儲け!」と答えたいところですが、それはなかなか難しい世の中ですし、お金があっても(使えないお金はあるんですけれどネー。)満たされない事は往々にしてあると思うので、もっと精神面で考えなければいけませんネ。
人間にとって必要なものといえば、最低限「衣・食・住」が満たされているという事ですか。でも、これだけで人間は幸せでしょうか?物質面が満たされていても、精神面で満たされていなければ、人間は生きていけないとよく言われています。
好きな人と会っている時、幸せですか?
我が子を抱きしめる時、幸せですか?
仕事が上手くいった時、幸せですか?
そして、捜し求めていたコインがやっと手に入った時、幸せですか?
きっと幸せですよネ。
それは何故でしょうか?そこには「希望」があるからです。
未来に望みをかける事、こうなればよいと望む事、そしてそう望んでいる自分があるから幸せなんだと思います。
そういうと「私達には先が何もない。」と答える若い人がいます。
どん底に落ち込んでいると思い、それを「宿命」と諦めている人もいます。でもチョット待って下さい。「宿命」って見方を変えれば「命が宿る(やどる)」という事なんですヨ。
私は落ち込みそうになったら「イイコトサガシ」をします。どんな状況でも「いい事」を無理をしても心の中で捜すのです。例えば失恋したら
「こんなイイ女(?)をふるなんて、彼の人生の中で最大の損失だ!(笑)これは私がもっとステキな人との出会いの為にある。それにはもっと自分を磨かねば・・・。」
仕事がうまくいかなかったら、それは次へのステップです。
自分でどん底だと思ったら、後は這い上がればいい。人間生まれてくるときはプラス・マイナス・ゼロ。死ぬ時もプラス・マイナス・ゼロ。マイナスだったら必ずプラスになります。
よく「困った時の神頼み」という言葉が使われます。私はカトリックの女子高に在学しておりましたので、宗教の授業で色々な事を教えていただきました。友人の中には洗礼を受けられる方もいらっしゃいました。しかし私は「全知全能の神」の存在について、どうも納得がいかなかった。それが、遠藤周作氏の「沈黙」を読んだ時、私なりに「神様」の存在について結論を見出す事ができました。
信者達にふりかかる迫害・拷問・犠牲。信者達や主人公の必死の祈りにもかかわらず、ついに神の「救い」はあらわれないし、助けてもくださらない。神は「沈黙」を守ったままです。でも、信者達は殉教していく。どうしてこんな事ができるんでしょうか?神の存在は何か・・・色々な考え方があるでしょうが、それは「希望」であると私は思うのです。「希望」があれば、人間は生きる事も死ぬ事もできる。「希望」を持つ事。この事が人間にとって生きる上で最も大切な事であると私は信じます。
「沈黙」の主人公は最後に踏絵によって背教してしまうのですが、実はこれは神への裏切りではなく、自分の全ての弱さを認める事によって、キリストは棄教者の足で踏まれつつ、これを赦していたという信仰の奥義も記しておかねばなりません。
さて、最初に戻りますが、「あなたの今年一年の抱負は?」と問われたら『希望』。そして私の一生の抱負も『希望を持って生きる事』と答えます。
平成16年1月
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名前: |
ちづる |
生年月日: |
年齢不祥(ということにしておいて) |
趣味: |
パチ○○(大きな声じゃ言えないが) |
好きな食べ物: |
お寿司・ライチ(楊貴妃が好んで食べたから) |
好きな時間: |
仕事が終わってビールを飲む時 |
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