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眠る事が惜しくてしょうがない時がありませんか?
「1日が48時間、せめて36時間だったらいいナ。」
なんて切実に思ったりして・・・
遊ぶ時間が欲しいわけではなく、夜一人でいろいろ考えているとき、生きている事が楽しくて、それだけでワクワクして眠りたくなくなる。これからの人生に何がおこるんだろう?どんな人との出会いがあるんだろう?
どれだけの事ができるんだろう?そしていつも最終的に思う事は、「どれだけの知識を自分のものにできるのかナ?」という事でした。
知識を得るには、いろいろな方法があると思います。経験するという事もその1つでしょう。
今ではインターネットが普及していますが、以前は知識を得るには書物を読む事が、一般的でした。
中学時代、国語辞典を毎日必ず持ち歩き、わからない言葉があるとすぐ引いて、調べたら赤線で印をつけるよう、先生方に教えていただきました。 今でもその辞書を愛用していますが、背表紙はなくボロボロ、でもどのページを開いても必ず赤線が引いてある。これだけの知識が自分の頭の引き出し(先日、あるタレントさんはクローゼットと言っていましたが)に入っているのかと思うと、これは嬉しいですネ。
そういう純粋な知識欲も、今では多事に紛れたり、金銭が絡んだりして薄れつつある自分を反省しておりますが、自分が生まれて死ぬまでに、諸先輩の残してくださった大切な遺産である書物にどのくらい出会えるか、そう考えるとこうしてはおれないと自分自身を叱咤激励する毎日です。
『年々にわが悲しみは深くして
いよよ華やぐ命なりけり ―岡本かの子― 』
━追記━ 今回の「ちづるの独り言」を書くにあたって、いつもはすんなり書けるものが、内容は決まっていたのですが、どうしても筆が進まない状態でした。
それが7月30日になって、とてもすばらしい出会いがあり、「あぁ、これを待っていたんだ。」と自分自身納得致しました。
「尚趣会」― 明治生まれの故原田久太郎氏が創始者となられてご自分達の趣味を高めようと発足された会ですが、その久太郎氏のお孫さんである原田亮氏のお住まいに仕事の関係で社長と伺いました。
原田氏は社長と同年代のふくよかな知性のある方で、「昨日まで歴史の勉強に隠岐へ行っておりました。」と、丁重に迎え入れてくださいました。そこで、尚趣会の方々の印刷ではなく、1冊しかないという自筆の名簿を見せていただき、あまりの達筆な書体と幅広く高尚な趣味の広さに驚いていると、「5才の時に、月見の宴で俳句をつくるよう祖父に言われ、『名月や松の枝にぽっかりと』と、初めて俳句をつくりました。」と、懐かしそうにおっしゃいます。そして、「これを複製して、尚趣会のメンバーの会員証にしました。」と見せてくださったのが、実物の法隆寺【木造百万塔】でした。
高さ約20センチの塔のくりぬいた中から、世界で1番古い印刷物である巻物を手渡され、広げてみると、お経の一部【陀羅尼】が、千二百年の時を越え、私の掌中で息づいておりました。
昭和30年代、原田亮氏のお父様に社長がお会いしたとき、【百万塔】は2つあったそうですが、社長の恩師である相沢先生が「ぜひに。」と所望され、原田氏のお父様にお願いして、相沢先生に1つ差し上げたそうです。
それから原田氏は、私達を一室に案内してくださいました。「中央におられますのは、鎌倉時代の不動明王です。長男が火事で亡くなったので、不動明王を祭る閻魔堂を建てたようです。」そこには、90才代で亡くなられた原田久太郎氏のご位牌が、御自分の集められた不動明王や観音様方に守られて、ひっそりと安置されておりました。
私は思わず手を合わせると、原田久太郎氏が「趣味の真髄とは、こういうものだよ。」と、静かに私に微笑んでくださったような気がして、思わず深々と頭をさげてしまったのです。
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名前: |
ちづる |
生年月日: |
年齢不祥(ということにしておいて) |
趣味: |
パチ○○(大きな声じゃ言えないが) |
好きな食べ物: |
お寿司・ライチ(楊貴妃が好んで食べたから) |
好きな時間: |
仕事が終わってビールを飲む時 |
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